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『宋風顕揚の死生観』
「この一瞬を生きる」その1−3
「宗教的いのち」と「いのちの伝承」
私の父は昭和61年4月26日86歳で亡くなったのですが、その父を1年以上も在宅看護した母が教えてくれました。
今日では稀なことですが「畳の上での」を実践していました。
その母が云いますには「看護には二つある」というんですね。
一つは医者の立場になって治療していくという看護で、もうひとつは患者側の立場になってともに苦しみを耐えていくという看護。
今日、日本ではこの患者の立場になって看護するという家族が大変減ってきているように感じます。 遊ぶ資金が豊かになり、あまり人と接する関係でない方が楽しい。
そんな家族が多くなり、核家族的な生活を営んでいます。
したがって、孤立化し、最後の時には付きっきりで看病のために傍にいてくれる人を失っているのです。
そこで本来看護師さんは医者の立場に立って治療の看護をしていたものが、家族の分までしなければならないという二役を強いられているのではないかと思います。
看護師さんに限らず、直接患者の傍らにあって手助けをする人は、単なる介護の知識や技術だけではなく、人間存在の根幹「いのち」についての深い洞察が求められることになります。
私たちが「生命」を考えるとき、あるいは感じる時、まず第一に考えますのが「生物的生命」なんですね。
無生物と生物を峻別して、いわゆる生き物の「いのち」、特にその中で人間の「いのち」という生物的生命を考えます。
そして、このような生命の尊重が社会適合性の低い状態で生まれてくる人たちをも生かすという医療になり、植物人間という状態になっても生かし続けるという医療になったりして、問題がそこに山積してくるのではないかと…。
「この一瞬を生きる」その1−3の1
3月8日記 北島顕経 合掌
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